2011年3月11日に起きた東日本大震災・フクシマ原発事故からまもなく15年。当時出された緊急事態宣言はいまだに解除されていません。
私たちは、福島に想いを寄せ、毎年、3・11 前後の日程で集い、京都から脱原発を訴え続けてきました。
多様な市民が、脱原発の願いのもと結集し世論を動かそうというこの取り組みは、全国的にも貴重なものとなってきています。
政府は「原発回帰」に舵をきり、老朽原発の活用、新規原発の建設を進めようとしています。
脱原発の訴えは新しい段階を迎えました。
私たちは今後とも粘り強くこの訴えを続けていきます。 事故の風化を許さず、脱原発に向けさらに前進するために、今年も「バイバイ原発 3・7きょうと」の開催を呼びかけます。
多くの皆さんのご参加・ご賛同をお願いします。



福島原発事故から15年。国は原発の「最大限活用」に舵を切り、原発の新設に向けた具体的な動きも進んでいます。温暖化対策やAI活用によりデータセンターで大量の電気が必要だから原発最大限活用というが実際はどうなのか。原発のコストが安いという言説も振りまかれているが、原発新設は巨額の建設費を賄うための電気料金へ転嫁するってどういうことなのか。脱原発の社会に向けての課題を解説していただきます。
福島県いわき市議会議員。1953年福島県楢葉町生まれ。高2の時の広島訪問で、核と人類が共存できないと確信。1973年の福島第二原発公聴会反対闘争に参加するなど原発反対運動に。1988年武藤類子さんらと「脱原発福島ネットワーク」を結成し、世話人として東電交渉などに取り組む。2004年に市議初当選。2011年の事故後は、福島原発告訴団の副団長として、東電、国らの刑事責任を追及。検察の不起訴を市民が構成する検察審査会が覆して刑事裁判が始まった後は、福島原発刑事訴訟支援団の団長を務めてきた。
上関の自然を守る会・共同代表。守る会は1999年に中国電力の環境アセスメントに疑問を持ち、専門家に調査を依頼したことをきっかけに発足。以来、多くの研究者の協力のもと同地域で調査を継続し、貴重な生態系が存在することを訴え、原発計画に警鐘を鳴らし続けている。







放射能に汚染された地域には、いまだたくさんのこどもたちが被曝の危険にさらされています。こどもたちを被曝から守り、自主避難の権利を求めると共に、私たちは原発のない社会を目指すため、行動して行かなくてはなりません。このネットワークはそのための小さな、しかし希望のある一歩です。是非ご賛同下さい。
私たちは、東京電力だけでなく、原発を推進してきた業界と政府、そして原子力を推進してきた学会、その関係者の謝罪を要求します。そして運転中の原発の即時停止、すべての原発を廃炉にすることを、ここに強く要求します。その立場から、私たちは、大量の電力を消費する浪費型の社会からの転換への努力をさらに強めたいと思います。
私はこう信じています。第一に、反原発運動は長く続くということです。第二に、それは原発にとどまらず、日本の社会を根本的に変える力となるだろう、ということです。
バイバイ原発京都を応援します。
1000万人のひとりになることは、人間の誇りです。
長い闘い? 勘弁してくれ!


























